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オペラ座の魔物(下)


……


やがていつものように劇場が開かれ、幕が上がる


伸びやかな声で歌い上げ、舞い踊るリエリーヌ


そして666番の座席に座る者の存在に、誰もが目を奪われる


リエリーヌのおねだりに応え、仮面はつけたままだが

今日の彼は黒ずくめのマントではなく、煌びやかな装い

黄金の怒髪天で終始穏やかにリエリーヌを見守る


舞台上のストーリーはそこそこに、彼の美しい姿に

かつての記憶を呼び覚ます常連客……


そう、彼は劇場に棲みつく魔物ではなく、

煌びやかな装いで観衆からの喝采を欲しいままにする

劇場の大スターだったのだ




そして、舞台裏でその姿に愕然とし、憔悴する憐れな男

振付師ダンケル


観客より、楽器隊より、なによりカッカトム張本人よりも

胸に迫る熱い想いでステージを見守り続けていた



全ての幕が閉じ、舞台裏のトレーニングルームで

力なく座り込むダンケル


目の前のベンチでは、大活躍のリエリーヌに

お茶のペットボトルを手渡しながらじゃれ合うダイヤ


「リエリーヌ!お疲れ!!最高だったよ」

「ありがとう、ダイヤ。うん、今、私はとても満ち足りているの。

最高の気分だわ♪」


「本当に見違えるほど美しくなったもん。ねえ、どう?

今日この後、踊り子たちと飲みに行かない?」


「あ…ごめん、ダイヤ。私は行かないわ。

貴女は行ってらっしゃいな。私は別の用事があるから…」


「え…」


「ごめんね。ありがとう。でも、見つけたのよ。最高の宝に。

迷う必要なんかないと思うの…私の信じた道に進んで見せるから…」


「リエリーヌ…?さっきから、貴女の言う事が分からない

いつもなら、私の誘いに断ったりなんかしないのに…!!」


「ダイヤ、許して。貴女にもきっといつか分かるわ。

何よりも尊く、代え難いものを、私は間違えたりしない。

…じゃあね。お茶、ありがとう」

軽やかに立ち上がり、去っていくリエリーヌ




「待ってよ、リエリーヌ…っ///////置いて行かないで…ねえっ…」


焦って呼び止めるダイヤの言葉も気に留めず

闇に消えていくリエリーヌ

抱き寄せるカッカトムの腕の中で、朗らかに微笑む


「カッカトム様、お待たせしました…今日もご指導くださいませ

私は永遠に貴方のお傍に…」


カッカトムを労わるように抱きしめるウエスターレンと

黒悪魔達に見守られながら扉の向こうに消えて行く



リエリーヌを引き留める事もできず、呆然と立ち尽くすダイヤ

しばらくして振り返ると、先程から座り込んだままのダンケルが目に入る


いつもと違う様子に、思わず声をかける


「あの…大丈夫ですか?」


「!! 私の事など放っておきたまえ!」


思わず手を寄せたダイヤを振り払い、突き放すダンケル

その目に、流すことを忘れていた涙が溢れ出す


「えっ…ちょっとマジでどうしたの?私で良かったら

打ち明けてみなよ!!隠す事ないじゃん…」


「…ダイヤ。お前はかつての私だ。先程のように

かつて私は彼にフラれた。あいつはいつだって、

ウエスターレンにばかり想いを寄せていたからな…」


そして静かに語り始めた

かつての因縁となった出来事を…




かつて、劇場の生え抜きスターの名を欲しいままにしていたカッカトム

その彼と双璧とまで言われるほどの実力を兼ね揃えた好敵手、ダンケル。

光のカッカトムの代役を幾度もこなす、闇の帝王とまで言われていた

ダンケル自身もカッカトムの眩い光に焦がれながら、

いつまでたっても闇でしかない自分を卑下し

燻る想いを隠し続けていた


やがてその想いは彼への恋慕となり、打ち明けたものの

ウエスターレンとの絆は固く、断られ続けた


それでも、劇場に居る限り、彼はダンケルのものだった

だが、そんな切なる想いを、簡単に打ち砕く日が訪れる


湖で会った少女の事を楽しそうに話すカッカトムとウエスターレン


「あの娘をこの腕に抱けるのなら、これまでの名声を手放しても構わない…」

「すぐに実現するさ。お前の事だからな。だがそれまでは

お前の愛らしい姿を存分に見せてくれよ♪」


舞台で使う小道具のカップに毒を塗り

眩暈で倒れたカッカトムに、無理やり大量の毒薬を飲み込ませた

苦痛に顔を顰め、体内に廻った毒薬の副作用で

その顔に悪魔の紋様を浮かび上がらせ、絶命するカッカトム


駆けつけたウエスターレンが倒れ込む姿に、

怒り狂ったカッカトムの呪いを一身に受け

劇場に呪縛され続けたこれまでの日々


カッカトムの情念が昇華され、黄泉の国へ向かう瞬間でさえ

彼の心はダンケルに向かず、放り出されたまま…


……


全てを聞き終えたダイヤは、かけるべき言葉すら浮かばず

ただ涙を流していた





「笑いたければ笑え。私には今、何も残っていない。

このもぬけの殻となった劇場と共に、朽ち果てるしかないのだ」


「…っ そんな寂しい事を言わないでください!!私がいるじゃん!

踊り子たちだって…お願い。舞台をやろう、私と一緒に」


「ふはははっ どうやって?カッカトムが去った今、

楽器隊も劇場支配人さえ姿を消したのだぞ?

舞台を舐めるな、ダイヤ。生半可な気持ちで

立ち向かえるなど考えるな」


「///////じゃあ、どうしろっていうのさ!! 

いつまでもそうやって、メソメソ泣いてるの?

そんなのは嫌だね!お断り!!」


「(笑)面白い奴だな。お前…それならどうだろう。

そこまで言うなら、付き合ってくれるか?

漆黒の闇でも、お前さえいれば、暇つぶしになるだろう。どうだ…?」


「うん!!いいよ。仕方ない。このダイヤ様が付き合ってあげる!」


満面の笑みで見つめ返すダイヤ

ダンケルは彼女を引き寄せ、口唇を奪う




やがて、劇場はいつの間にか砂塵に飲み込まれ、

月明かりの下、静かな湖に姿を変える



水面を漂う小舟に、足を組みながら寝そべる男…


「……だから!!お前がいたら幕が終わらないだろーが!!」


「え?あ、すまんな。ページが余ったと、誰かが困っていたから(笑)」







 
 
 

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